夏は仕事が重なってたりしたんですが、季節が変わりつつあり成果物肥ゆる秋。というわけで仕事の紹介です。基本的に敬称略でまいります。
中公新書の9月新刊で「思い込みの経済学 時代のお金・仕事・社会」(大竹文雄 著)の帯画と扉絵を描きました。




大竹先生のご本は今回で5冊目、ありがたい限りです!
今回の本では、現代の諸問題を見る時に、わたしたちの中にある思い込み、バイアスから見ていないかという事を解き明かしてくれる本で、確かに置かれた立場や思想信条はもろもろの価値判断に影響していきますよね。わたしなんかも多分かなり偏ったヒトな部分はあるような気がしていて、気をつけたいところではあるんですが。自分のそういうクセはなかなか自分で見抜けない、というのを知っておく事はとても大事だと思います。
この本ではAIについても語られているのですが、特にこのような新規テクノロジーについては皆どういう風に判断していいか分からない部分が多いので、バイアスをかけて判断しがちかもしれません。次に紹介する本にもつながる話なんですが、大竹先生はAIの利点とリスク双方を総合的にするどく深く考察していて、絵を描きながらゲラを拝見してとても参考になりました。
ちなみにイラストの裏テーマは思い込みをブレイクスルーすることの象徴として空をかけ抜ける「鳥」をすべてのイラストに散りばめてみました。
こちらはGakkenから「生命科学者×Chat GPT いますぐ使える研究ライフハック」
(兒島孝明 編・著、堀之内貴明 編・著)で、表紙と中身のイラストを描きました。



研究者の方向けに実践的にAIを研究に活かすためのヒントを問答式に紐解いていく本です。この本でも、研究倫理とAIについて考える視座があり、こうした本は今AIを実践的に使っている方々向けに重要な分野だと思います。
AIについては、大きな問題としてはデータセンターの環境負荷や、また上層のAI開発での問題(人類を滅ぼす方向に自己進化してしまうのではないか、とか、軍事利用の拡大とか、うひゃー、ちょっと怖いな、って思うニュースなども見ますんで)など懸念点も多くあるわけですが、実際問題として今すでにエンドユーザーにも使える状態になっているので、みんな使っちゃうわけですし、多分この流れは進むと思います。ならばやはり使う側にも「使い方のルール」というか倫理※を考えたり啓発したりする事は急務ではないかなと思います。上記の「思い込みの経済学」にも関連しますが、わたしなんかは古い人間なので、なんかやはりAIにはラッダイト的バイアスがあったりもしますし、自分の分野(絵を描く、という行為自体)についてはAIなんかいらないよ!だって絵なんて自分で考えて描くところが楽しいのに何が悲しくてAIに任せちゃう?みたいに思ったりしますが、自分に見えてる範囲だけで価値判断するのはちょっとまずいのかなというか、すでにAIの恩恵を受けてる部分ってたくさんありますよね。ネット上の翻訳機能とかわたしも日常的にすでに恩恵受けてますし、環境問題でもリサーチの面でAIを活用することによって調査の解像度が格段に向上した、というニュースも聞きます。難病治療の分野とか、いい使い方をすれば人類を助ける道具にもなりうるんですよね(が、人類を滅ぼすかもしれない、ってのもあるの、ちょっとあの…てのものあるんですが)。
ですんで、開発側に対しても利用者側に対しても、規制の枠組みを作ることは急務ですし、「何をAIにまかせていいのか、何かAIで代替すべきでないのか、倫理的に規制すべき部分はどこか」みたいな判断を人間はもっと頑張らないといけないんじゃないかなあ、と思ったり。
で、次に紹介するのは玄光社「ゆるジャーナリング 無理せず人生を豊かにする方法」(クリームソーダと手帳のある暮らし 著)です。





こちらも表紙と、中身にイラストをたくさん描いていますので、ジャーナリングを学ぶ時間をかわいく楽しくお手伝いできたのではないかと思います。自分の手を動かして、感受性や心の声に向き合って豊かな時間を作りたいですよね。クリームソーダと手帳のある暮らしさんというのはお名前としてちょっと変わってますが、同名のyoutubeチャンネルを主宰している有名なインフルエンサーさんです。この本とyoutubeを見てると、なんだか自分もすぐに手を動かして書いたりしたくなってきて、クリエイティブのワクワク感を届けてくれます。
また、ヤマハの楽譜出版の「月刊ピアノ」10月号の4p特集『心と体の両面からアプローチ 「小さな習慣」で本番に強くなる」でも扉と中のイラストを描いています。


せっかく練習したのに、本番では緊張して実力が出しきれない、という事に備えて、思考方法やリラックス、体へのアプローチなどで対処しようというお話です。ピアノの発表会など本番の緊張は相当なものですよね、きっと。考え方から、具体的なエクササイズなどもあり実践的な特集です!
上二つの仕事にあるような、ものを書いたり、描いたり、楽器を弾いたり、音楽を味わったり、そういう思考と五感の共同作業が作る喜びや、うまくいかなかった時の挫折とその克服、そういう体験まるごとを「自分が」感じる。ここはAIには代替できないというかしたくないところなんじゃないでしょうか。願わくはAIちゃんには、掃除とか計算とかそういうめんどくさいことやってもろて、人間はゆったり楽しいこと、興味や情熱が向くことに没頭する時間が増やせるといいのになあ。
※エンドユーザー的な倫理として大きい問題として、著作権侵害の問題がありますね。AI生成画像はネットにある情報を参照して作ってきているので、思わぬ形で著作権侵害をしてしまう場合もあるわけです。
わたしの仕事なんかでは、もちろん「絵を丸ごと模倣」とかは論外なわけですが、例えばですが、人物のあるポーズの絵の資料が欲しい時にプロンプト(言葉)で指定しても、そのポーズの絵をネットから生成してAIが吐き出した時に、参照元の絵にだけある固有の特徴も引き継いで(ポーズという普遍性から離れて)再現しちゃうということもありますよね。その場合にユーザーは「誰の何の絵を参照してきたか」が分からないので、その絵の持つ固有性(著作権として認められる部分)がどこなのか判断できないまま、それを参考にしてしまって知らないうちに著作権侵害してしまうという可能性があります。自分で一次資料を見て参考にする場合は自分でその部分を判断できるわけで、だからわたしなんかはおっかなくてAIは資料的な使い方も避けています。
ちなみに、著作権では基本的には「画風」は保護されないんですよ、不思議というかもどかしいですね。なので、画風を真似されても著作権侵害だと使われた側が申し立てるのも難しい。画風ってのは、本人が一生懸命個性を求めて考えたりもするんでモヤりますが、ただ、その件については、絵というのは基本的に先人の模倣から進歩を続けている歴史の連続という面もあり、わたしもいろんな人の影響を受けていますんで(というかクリエイティブでは「影響を一切受けたことない人」というのは存在しないですよね)、そこはAI以前の世界でもせめぎ合いは従来からあり、仕方ない部分もあります。そこで、マネのままでいいのか、そこから抜け出して自分の新境地を見つけた作家活動がしたいのか、みたいな話は矜恃の問題にもなってきますね。
著作権についてはなかなか判断難しいところもあるので、「著作権教育」の普及も大事なんではないかなと思います。



さて話は変わりまして、主婦と生活社「 なぜ、あの人の話は最後まで聞きたくなるのか?: 声の専門医が実践する「人に好かれる声」を作る舌トレ」(内尾紀彦 著)のカバーイラストと中の挿絵を描きました。生まれ持った能力、ではなく、発声テクニックとトレーニングで、だれでも自信を持って話ができるようになる、という、発表や意見を言う事に苦手意識のある人を応援する本です。
























































