saoriotsuka-diary

イラストレーター大塚砂織の由無し事を綴るページです。仕事の紹介もしますが、ベランダ園芸の話やたわいない話が多いかも。

仕事紹介ー書籍と雑誌など

もうなんだか秋の気配すらある今日この頃ですが、お元気ですか?

わたしはこの夏はちょっと仕事がボリューミーでして、何かと余裕のない日々を送っておりますが、今日はとりあえず仕事の紹介です。以下敬称略でお届けいたします。

 

彩図社「バイリンガル育児 理論と実践 」(鈴木 美佐 著)のカバーイラストを描きました。家庭内で複数言語を使う家庭や、帰国子女の方、海外での生活を考える方、周囲に外国語話者の多い方、など、とかく現代は世界と関わる機会も増え、子供が複数言語を学ぶ必要があるというニーズも増えているようで、そうした方に心強い味方になる本です。

 

雑誌「週刊金曜日」7/31号の表紙を描きました。高市政権の支持率は高いですが、地方選挙の結果を見ると、支持率とは違った側面が見えてくる、という特集で、表紙には全国の有権者のイメージイラストを描きました。特集当時に最近選挙のあった地域が目立つように描いたので、地図を簡略化して沖縄本島以南が入りきらず省略してしまったり、描いていない島などがあるのですが、ちょっと後から考えると配慮が足りなかったかも、と反省しております。上のバイリンガル育児の本でも地球を描いているのですが、スペースとイラスト趣旨(本物の地図を描くという用途ではなく、シンボルとして分かるよう描く)などでどのぐらい省略するかが変わってくるのですが、その辺もう少し省略と配慮については考えないといけないな、と学ぶ仕事でした。

週刊金曜日さんでは5月19日号でも表紙を描いています。こちらはもともとプラカード用に描いたものを見ていただき採用になりました。

画像

 

いや、本当に武器輸出反対です。絶対反対。なんでこんなこと決まっちゃったんだろ。

戦争とか人殺しは嫌だって庶民が言えないような世の中になったらおしめえよ、というわけで、臆せず言っていきたいですよわたしは。だって平和じゃないと出版とかだって成り立たないですしね。

 

さて話は変わりまして、主婦と生活社「 なぜ、あの人の話は最後まで聞きたくなるのか?: 声の専門医が実践する「人に好かれる声」を作る舌トレ」(内尾紀彦 著)のカバーイラストと中の挿絵を描きました。生まれ持った能力、ではなく、発声テクニックとトレーニングで、だれでも自信を持って話ができるようになる、という、発表や意見を言う事に苦手意識のある人を応援する本です。

社会としては聴く側も小さな声、聞かれにくい声を聴く努力も必要とも思いますが、自分比で自分に自信が持てるようになる人が増えるのもよいですよね。 わたしも自分の声がとても嫌いなんですが、トレーニングしたら自信がつくかなあ、やってみようかしら。

 

しんきん会報はれ予報の連載エッセイ「虫の目鳥の目魚の目」(吉永みち子著)挿絵です。9-10月号では街の樹木について。気候変動でただでさえ暑くなる一方なのに、街から木を切り倒してばかりいたら、もうカンカンのクラクラです。人間以外の生き物が生きる場所もなくなっちゃうし…。何より、樹木がある街は人の心も潤すんじゃないかなと思います、というのは植物大好きわたしの贔屓目もあるのかもしれないですが。吉永さんのコラム、毎回読むのが楽しみです。

↑このちっちゃいほうのイラストはわたしの心の叫びです、木を切らないでー!

 

それと、前回紹介したプラカードについて、新婦人新聞さんで取り上げていただいています。こちらも見る機会がある方いらっしゃいましたらぜひー。他の方のメッセージもすてきです。

 

 

ではではまた。

プラカードなどダウンロードのお知らせ

久々です。

6月ごろから仕事がめっちゃ忙しくなってしまってなかなかここを更新できない日々が続いているのですが、それはそれとして、ところで以前よりデモなどで使える平和希求のプラカード図案を無償で配布(コピープリント機使用代は利用者さんの負担になりますが)しておりまして、そちらの配布先をここでも通知しておこうと思います。

ネットプリントですので期日が来たらまた番号が変わってしまうので、その際はまた更新情報をここに出しますね。もしご興味ある方、使用したいという方がいらっしゃいましたらぜひ。

仕事の紹介などもたまってるのでもう少し落ち着いたらそちらも出したいと思ってますが、とりいそぎー。

 

↓カタログです。それぞれA4ですがプリント時にA3などに拡大してプリントできます。

これはブックカバーとして自分で折って使える紙です。A4サイズで、文庫や新書、単行本ぐらいまでいけると思います。色は3色です。

以下がプリント先の情報です。

セブンイレブン。コピー機のネットプリント機能でガイダンスに従ってプリント予約番号を入れてください。

こちらはファミマです。こちらもコピー機のネットプリント機能でガイダンスに従ってプリント予約番号を入れるかこのQRコードを読ませてください。

 

ではではまたー。

 

自分軸を構成しているさらに土台の軸についてちょっと考えてみた

 

お題「あなたの「自分軸」って何ですか?」

 

もう過ぎてしまいましたが、先日は憲法記念日でしたね。

いつも過ぎてから振り返るディレイスタイルですみませんが、最近憲法を読み返していたので、写経ならぬ写憲法、憲法の前文を書いてみました。

下手くそな字ですが、近年すっかり手書きで文字を書く機会もないので、書いてみるのも新鮮かと。本当下手くそですがご笑覧くださいませ。

こうして読むだけでなく書き写してみると、いろいろ気づくことがありました。

(厳粛の「粛」の字がこの年までよく分かってなかった、というような恥ずかしい気づきもあったんですが、そういう話じゃなくて。内容についてです。)

日本国憲法は言うまでもありませんが、第二次大戦後、大日本帝国憲法のもとで戦争をした反省から、新しい日本として生まれ変わる為に作られた憲法です。

敗戦後の占領下でGHQの指導のもとで作られたので、GHQからの要請も多分に込められているとは思いますが、わたしはこのたび、書いてて、「誰が作ったか」よりも、「日本はこういう言葉を切実に欲していたし、また必要とされていた」んだなあ、というのを強く感じるという発見がありました。

戦争では自分たちも途方もなく傷つき(死者約376万人と推計されています)、またアジアの国々をはじめ、とんでもなく多くの人々を傷つけました。

crd.ndl.go.jp

自分たちが始めた戦争で、これだけのことをやらかした後に作られたわけで、そんじょそこらじゃ国際社会からの信用は帰ってこないだろうな、というのはわたしにも想像できます。

失われた信用を取り戻す為には「日本はもう二度と誤ちを繰り返しません」と、強く強く自身に誓い、また世界に対しても宣言する必要があったんですよね。

そのぐらいして出直さないと許してもらえない、直接的に言えばGHQがまず許さん!と思ってたでしょうし、周辺国を始め世界中そう思っていた、許さんというか、信用できない、と思っていたでしょう。

でも、そうした反省だけでなく、ボロボロの焼け野原から、自分たちのしたことが本当にひどいことだった、という痛切な後悔から生まれた「それを絶対繰り返さない世界を作りたい」という望みを詰め込んで、残った希望をかき集めて立ち直るための心意気、誤ちを乗り越え、自分たちは善を希求しやり直せるはず、新しい未来を作り直してみせる、というような気持ちも、見えてくる気がするんですね。

間違いはもう起こさない、と宣言し、自分たちの軸を作り直す、という気概がここに紡がれた言葉に込められてるんじゃないかなー、というか。

おかげで、日本国憲法はスタートレックの世界のような「戦争が永遠になくなった世界」を描いた、おおむね※とても先進的な憲法になったと思います。それをわたしたちの社会が必ずしも実践できているのか?というと、そうとも言い切れませんが、とにかく目指すべき場所は指し示している、これは大切なことだと思うんですよね。

わたしたち戦後もう大分経ってから生まれた世代は、戦争に怯えず、自分のやりたいことをやる自由も侵害されず、というのが当たり前の世界で、自分の内面世界、自分軸を作って生きてくることができましたが、それというのも日本が「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存すること」が担保された社会を築いてきたおかげなんですね。

わたしの自分軸はとにかく、お互いの命や環境を大事にして、平和にやさしくのんきに暮らしたい、というのがあります。戦争なんてまっぴらごめんだし、言いたいことを言えないような監視社会とかも勘弁してほしい。無理。そういう自分の軸を作ってくれたのが日本国憲法という「日本の軸」ではないかなと。

しかし、今の世の中見渡すと、まだまだ憲法に描かれた「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去」した世界には程遠いです。道半ばを行く宇宙船エンタープライズ、じゃなかった地球号の乗組員である日本、これをますます目指していくことこそすれ、この軸がブレちゃっちゃあ、もうおしめえよ。と思います。特に、「戦争をできる方向に変えたい人」が変えようと旗振ってる時に変えちゃうのは危険極まりないので絶対やめていただきたいなと。

そんなことをつらつら考えた憲法記念日でした。

 

 

 

※おおむね、というのは、例えば第24条の婚姻の自由では同性間のカップルが想定されていない、など、決して完璧でない部分もあります。そこを修正していきたい気持ちはありますが、とりあえず今は人権を削る方向の改憲を警戒しなければいけないせいでそこまで話が進まないというジレンマはありますね。

 

 

 

 

わが町どこか知らぬ町

「ソラスタルジア」という言葉を知ったんですよ。

日本語版はなかったんで英語版ですがwikipediaによると、

en.wikipedia.orgこれは、ラテン語のsōlācium、英語のsolaceやcomfort(安堵や慰め)にあたる言葉と、 solus(荒廃や孤独を表す言葉)、それとalgia(痛み)を合わせた造語だそうで、オーストラリアのグレン・アルブレヒトという環境学の教授が考えた、個人の「場所の生活体験」に基づいたある種の郷愁や悲しみ、またそれに伴う心身症状などを表したものだそうです。

 

同様に郷愁を意味する「ノスタルジア」という言葉が時間や空間で隔たれたもの(遠いどこかから故郷を思う、とか、祖父母の写った写真の中の自分が生きてなかった時代に対する懐かしさ、みたいな?)への喪失感への言葉であるのに対して、ソラスタルジアは

「家にいるのにホームシック」

今ここにいて今ここが失われる悲しみについての言葉、のようです。

家がもうなじみの家じゃない悲しみ。例えば、わたしは生まれてからずーっと同じ町に住んでるんですが、よく「昔のこの町」が夢に出てきます。もうこの世に存在しない町。わたしが生きてた50年かそこらでも、駅前なんかは開発されてもうわたしが記憶してる町はこの世から消え失せてるんですよね。

まあ、そりゃ時の流れには逆らえないし、なんかさびしいけど仕方ないよね。

とわたし含め大抵の人は思ってやり場のない気持ちがなんとなく心に溜まってあきらめて、みたいな感じだと思うんですが、それを「時の流れだよね」で済まさない、つまり

それ本当に「仕方ない」の?

という掘り下げというか問いがこの言葉にはあるようなんですねー。

というのは、近年、環境の健全さを保つ事と人間の健康は相互に結びついているという概念、「プラネタリーヘルス」というものが環境問題を考える時に語られるようになってきました。

地球が健康(と、まあ人類が思う状態)でないと、人間の健康も損なわれるよね、というのがプラネタリーヘルスで、これなんか実際もう温暖化で夏が激暑化し続けてもう命の危機かと思うぐらい暑いのを経験してるので実感できるところです。

で、環境破壊は人々の身体だけでなく心の健康にも深刻な影響があって、しかもそれが、災害とか「人類にはどうにもできないもの」ならまだしも、実は人間が引き起こしてるんだから人間が止められるもの、なのに、多くの人々の喪失感と引き換えに、それで一部の人が目先の利益を得るだけだったり、未来を考えない場当たり的な行政の怠慢が原因でした。となれば、「仕方ないよね」じゃ済まないというか、責任者出てこい状態なんじゃない?という話です。

 

でも、実際のところ、昨日までみんなが憩いの場にしてた緑がいっぱいのいい感じの小さな林、小道には小鳥が時々ひらりと舞い降りるよ、みたいな場所が、なんか知らんけど企業が買い取ったんだか再開発なんだかでブルドーザーがあっという間に木を1000本根こそぎ倒し、コンクリ舗装でつるつるの商業施設になっちゃった。しかも、もうその隣500mぐらいのところにはすでにでっかい商業施設があって「買い物に行く場所がどうしても足りないよね」とかでもなかった。なんならこれ以上いらなかった。

というような場合に、反対運動とかわたしひとりじゃできないし、運良く地域の人たちみんなで団結して反対できたとしても、ちっとも効果なく結局やられっぱなし、もっと悪いケースは「そんなこと全然知らされてなかったのに昨日まであった景色が今朝起きたら壊されてた」ということも、まあまああります。こういう理不尽や敗北感、自分は無力だという感覚にさらされ続けると、うつ的な症状になったりするのは決しておかしなことではない、そういう苦しみは気のせいじゃない、あるんだよ、ということを示す言葉として、「ソラスタルジア」という言葉があるというのを知っておいてもいいのではないかと思います。

実際、わたしはこの言葉を聞いて「ある!わかる!つらい!」とすごく思いました。これが、小さいうちの町、とかの規模じゃなくて、気候変動で海面上昇してもう村ごと住めなくなっちゃった、でもそこに住んでた人たちは全然CO2排出したり化石燃料を掘ったり使ってる側の人じゃなかった。とか、すでに世界規模で起こってますが、その場合のやるせなさ、苦しみは計り知れないんじゃないかと。

 

じゃあどうしたらいいの?って話ですが、もちろんわたしにも答えなんてわからないんですが、ひとつ思うのは、近年の社会システムが物事を決める時に、その場にいる、住んでる人の声がうまく掬えずに、どっかにいて「住んでない人」に決定権が偏ってるというのはあるのかもしれないなと。

まあでも、地域住民に聞いても、わたしのように「もうショッピングモールはあるから2ついらないよー、林の方を残して」と思う人もいれば、「林なんかいらないよ、虫がいると困るし、落ち葉のごみも迷惑だし、新しいショッピングモールができるほうが楽しいし」という人もいるんじゃないかとも思います。多数決で「林はつぶしてショッピングモールのほうがいい」という人が多い社会では反対運動なんか起きませんから当然林はなくなり続けるわけで、そうなると(開発者側や行政の問題もあるにせよ)わたしたちが社会に何を望むのか、というのが原因でもありまして、自分たちが問題の一部だと考えることもできますね。むむむ。

 

で、↓の記事を見つけました。これはイギリスのResurgence & Ecologist という環境雑誌の日本版を紹介してくれてるサイトのようで、この記事では社会変革の専門家ジェム・ベンデルという人がその辺を指摘して「気候危機は、西洋社会において人間の精神が自然の生息地からどれだけ切り離されてしまったかの結果」だという話が出てきます。

記事から引用ですが

「私たちが自分自身を自然の一部と見なすことができないことが、環境と精神の両方にダメージを与えている」

「私たちが対処していることの大部分はこの断絶である」

とのこと。なるほど、わかる気がしますねー。

また記事中で作家のポール・キングスノースという人がこれを「進歩の神話」と言ってると紹介されてます。

「私たちは(長い間)、あらゆるものが成長し、拡大し、増大し続けなければならないという、危険で虚構の経済進歩の物語を自分たちに語ってきたのだ。 しかし私たちは、気候変動による大災害がこの物語を解きほぐし始め、代わりに物語の危機を露呈させているのを目の当たりにしている。」

この記事も面白いので興味ある方は読んでみてくださいませ。

resurgencejapan.amebaownd.com

こういう話をすると「あなたにとってショッピングモールは不必要かもしれないけど、ショッピングモールが必要な人もいるのだ、雇用が生まれ、地域格差が減り、経済が回る。センチメントよりも現実を見なさい」と思われる人もいるんじゃないかなと思うんですが、いやわたしもショッピングモールで買い物するし、文明を捨てて竪穴式住居で暮らそうとかそういうのは無理ですし、開発や「発展」に恩恵を受けてるのも確かなので全部悪だとも思わないんですが、思うのはショッピングモールは「2つ」「そこに」「どうしても」「だれのために」必要なのか、「各種の事情を突き合わせた上で、検討の余地はないか」というのは考える価値があるんじゃないかなとは思うんですよね。

少なくとも話し合いがフェアにできて、どうしても必要ならばその必要性を理解した上だったり、妥協案をさぐったりして合意形成すればソラスタルジアも起こりにくいケースもあるかもしれませんしね。必要かなあってみんなで材料持ち寄って話し合ってみたら「やっぱいらないよね」って合意できた、という可能性もありますし。

「増大し続ける」ことにちょっとタンマ(タンマって死語?)、適量ってどこなのかはもうちょいみんなで考えていける社会になるともうちょっといい感じにならないかな、というような。そうでないと、増大するのは経済だけじゃなくてソラスタルジアも増大していっちゃって、それは幸福社会といえるのかなあ、みたいな。杞憂かもしれませんが。

それとも、人類って、ひょっとして「ちょうどいい」の臨界点を突破して、とにかく作って壊して作って壊して浪費して」がやめられないのでは...。

お題「私○○がやめられないんです!」

というハテナのお題がありましたが、そうだったら怖い。未来のツケが。

 

それと、この問題を考える時、予め話し合いのテーブルにつけないのは誰か、も忘れてはいけないかなと。木や鳥や虫は自分たちの住処をショッピングモールにしますよ、なんてとんでもない話を知る由もなくそこに暮らしてますからね。そういう動物たちが感じているだろう喪失感を表す、動物にとっての「ソラスタルジア」的な造語も必要かもしんない。

 

ではまた。

 

仕事紹介ーはれ予報、アデッソなど

しんきん会報誌「はれ予報」では引き続き連載の吉永みち子さんエッセイ「虫の眼鳥の目魚の目」のイラストを描いていますが、ここ最近のお題ふたつ。

 

25年の11-12月号では「言葉が痩せて尖っていく」。

意見の対立や批判というのは健全な社会には必要ですが、いっぽうで丁寧な説明や配慮が必要な場面もありますよね。なかなか難しいテーマですが吉永さんはやはり言葉を扱うプロだなあと思わされるお話でした。

 

26年01-02月号は「熊の現状と私たちの未来」。

今は冬眠時期なので少し落ち着いたかとも思いますが、また春になるとクローズアップされそうな熊問題。熊と生活ゾーンが近い方にとっては本当に怖い深刻な問題と思いますので、わたしのような都市生活者はどーしたらいいとかなんとかの解は全く持ちませんが、人命を守りつつも環境や動物も守るには、少なくとももっと研究費や対策費などをかけてサポートできないものかしらとは思います。

今週のお題「山」にもかかる事ですが、山の健康、森林環境や生態系を守ることはそこに住む動植物のためでもありますが、人間もそうしたものの恩恵を受けているのですから、いわば動植物と人間の共有財産なのですよね。吉永さんのエッセイ、とてもよいお話なんで皆様にここでお見せできないのがもどかしいです。

 

話は変わって、岡三証券「Adesso」2026年1・2月号の長原正樹さん連載「知らなきゃ損!?企業型DCの世界」でもイラストを描いてます。

以前紹介したときも書いた記憶がありますが、お金のこと、もっと勉強しないとなー。未来も安心も自分らしさも育てたいー。今からだとちと遅いかもですが...ふう。

 

それと、雑誌「集中」で香山リカさんの連載をいつも描いているんですが、こちら、WEBからでも読めます 毎回タイムリーな話題に香山さんの思慮深い考察と示唆に富んだお話が面白いので興味ある方はぜひ読んでみてください!

www.medical-confidential.com

ではではまた。

 

新年今年もよろしくお願いいたします #2025年仕事の思い出

さて、すっかり明けて2026年ですね。今年も皆さんのご多幸とご発展をお祈りいたします!

こちらのブログも今年はもっと更新したいと思います、って毎年言ってて毎年アレなんですが...、いえいえ、今年は気が早いですが、2026年12月にnoranoha展vol.2が決定しましたので、がんばってまいります!来てね(って気が早すぎるわね)。

 

さてさて、仕事関係でお世話になった方などにはごあいさつの年賀状をまだお送りしているわたしなのですが(近年年賀状仕舞いなどをなさる方も多いのでちょっとご迷惑かなとも思いつつ、年に一回ぐらい絵を見ていただく機会なので好きで勝手にお送りしておりますので...ご返信などゆめゆめご無用ですので気にしないでくださいね!)、今年は昨年仕事しました絵を年賀状に使いました。

それは、信濃毎日新聞でClimate Integrate 代表理事の平田仁子さんのコラム「思索のノート」で使った絵なのですが、平田さんも新年の挨拶のnoteでこのお仕事やイラストも振り返りながらすてきなコラムをお書きになっていました。

↓こちらで紹介したいと思います!ぜひ読んでみてください。

 

note.com

本文中で、わたしが仕事をした時に平田さんにお伝えしたイラストタイトルの由来などのお話にも触れていただいています。

コラムにもありますが、気候変動対策という意味では昨年はきびしい局面もいろいろあり、また気候変動自体の影響も様々明らかになってきている「今」という時に対策を諦めないことの重要性を、平田さんのように現実的に着実に活動している方から聞くことは本当の意味での希望を感じます。

こういう問題って、「あーもーだめだー!」の破滅論や冷笑的態度になってしまうか、はたまた無根拠に「なんとかなるさ!」とか「だれかがなんとかしてくれるしー、今ってテクノロジー発達してるし企業も考えてるからそんな悪いことになってないしー」という楽観論、ポジティブ逃避に流れがちなので、まずはきちんと情報を得たり学んだり、今自分たちがいる地球のかけがえのなさについて思索を深めたりして、現状理解と対策について考えることを続けていきたいなと改めて思いました。

はがきはこんなでした。平田さんの締めの言葉、「冷笑ではなく奨励を広げて」、本当その通りだと思います。

本棚に立てかけたイラストポストカードの写真。夜の港でランプを照らす人と星空のイラスト。

 

平田さんのコラムのバックナンバーはこちら↓

climateintegrate.org

でも読めます。イラストも掲載当時の形で見られますので、こちらもよろしければぜひ!また、ご興味ある方はClimate Integrateの他の記事も読んでみてくださいませ、気候変動に関する「今」がよく分かります。

 

ではでは、ことしもよろしくですー!

 

今週のお題

「特別編 #2025年仕事の思い出

「ベランダ園芸と大規模修繕」その後

さて、季節は廻りすっかり冬になってしまいましたが、大規模修繕で空っぽにしたベランダはその後どうなったのか?という報告です、って知りたい人いるかわかりませんが自分がまとめておきたいのです、次回(恐怖)への備忘録として。

 

さて、まずは前回までのおさらいを一応。

saoriotsukadiary.hatenablog.jp

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という感じで、大規模修繕で空っぽになったベランダ。

今はこんな感じです。

真ん中らへんにあるのは夫がキャンバス作品を乾かしてるものなんで無視していただいて。としても、こらっ!またもの増やしちゃって!感がありありなのですが、今回は若干考えております。

前回も書きましたが室外機カバーはアルミ軽量でいざとなったら分解して畳んで室内に収納できるようにして(面積40×70cm、厚さ5cmぐらいになる)、右のベンチは前回も室内に収納しましたので次回もまあ、しまえるでしょう。

んで、後は植物。前回マンション敷地内に置かせてもらえたもの以外はほとんど一年草と野菜で構成することにして、いざとなったら鉢は空にして洗って重ねて室内へ。土は奥に見えている密封ケース(コンポスト容器)に入れて室内保管という作戦です。

ベンチの上の鉢は巨大なのでロープで一応固定しています。

↑これはまだロープつける前ですが、ベランダの塀に金具で板を固定して、これにロープを通して木を留めておきます。台風とか地震の時にとりあえず倒れないようにはしておきたいので(外側に落ちる事は構造上ないと思いますが)。避難経路は塞がないように気をつけないとね。

 

で、ベランダの反対側を見てみますと。

こっちはバックヤードもかねておりまして資材などがあります。で、正面の棚なんですが、これは突っ張り棒に板を渡したものでして、分解したら棒と板なので室内収納でも場所をとらない予定です。

こういう感じ。耐荷重強タイプの突っ張り棒です。

図解するまでもないと思うんですが仕組みはこんな感じ↓。

これはベランダ塀がコンクリート製のベランダでは結構有効なのではないでしょうか。ただし、避難経路など塞ぐような構造にしちゃダメですが。うちの場合、避難梯子が上から降りてきて下に避難口がつながるような構造(隣と避難扉でつながってない)タイプなんで壁際をこういう感じで使えました。なので、もちろんですが床にある避難ハッチの上とかには物は置かないようにしています。

それと、お子さんのいる家庭などではこういう棚を設置すると転落事故の危険があるのでやめたほうがいいと思います。うちの場合も猫ちゃんが登ってどっか逃げちゃうとかの可能性はあるんですが、うちの猫は草を食べてブラッシングするほんの5分ぐらいだけ人間の厳重な監視の下にベランダに出るだけなので、まあ大丈夫でしょう。

 

で、この棚の下には資材(くん炭もみ殻とか油かすとか米糠とかなんかっちゃーありますね)を保管してる密閉ケースがいくつかあるんで、これらを入れるスペースを室内になんとか確保すればまあ、次回はなんとかなるんじゃないかな。物を増やさなければね!

それとこのゾーンの右側は前回も紹介しましたがコンポスターゾーンです。これは自分で簡易DIYで作ったんでいざとなったら解体も簡単です。

今は日当たりがいいんでミニミニ温室で時期遅れの種まき開催中。

コンポストがあると本当に便利。コンポストやるためにベランダが必要といっても過言ではありません。コンポスト最高。(わたしのコンポスト偏愛はこちらこちらこちらこちらなど)

 

それで、植物の育ち具合はどうかというと、まず大規模修繕で避難中、厳しい夏に世話を怠ってよわよわになったクレマチスはなんとか生き返ってくれてるようで一安心。

なんか咲く気まんまんで、蕾つんどいたほうがいいのかという気もしますが、ここんとこの気候変動でもうだいぶん前からクレマチスは四季咲き状態なんで、まあ咲きたいように咲いておきなさい。という感じでほったらかしてます。

野菜類は秋植えのスタートが遅かったんでボチボチな感じ。

室外機は耐荷重多めのものにしたんですが、結構華奢な感じもあるんであまり重い物は載せないようにしながら使ってますのでちょと寂しめ(今のところはね)

ブロッコリー。これちょっと前の写真で、今はヒヨちゃんに葉っぱ結構食べられてしまってます。

壁掛け空中プランターは日当たり一等地ですんで、青梗菜やレタス、カブなどもりもり育ててます。

しかしここ、ヒヨちゃんには時間無制限ビュッフェ状態になっちゃっております。

ヒヨちゃんは青梗菜が断然お好みのようで、隣のレタスにゃ見向きもしません。ブロッコリーの葉もやられるのでアブラナ科が好み?と思ったんですが、ケールは食べられてない。どういう選好なんでしょうね。

なお、最近ニューフェイスイソヒヨドリもよくベランダに来るようになりました。

www.youtube.com尾っぽふりふりしてかわいいですね。(動画撮り慣れないので手ブレが気持ち悪くてすみません)

イソヒヨちゃんとヒヨちゃんは名前は両方ヒヨドリとついてますけど、イソヒヨちゃんは別にヒヨドリの仲間(ヒヨドリ科)ではなくヒタキ科で、サイズ感とかたたずまいで似てるから命名されてるようです。

イソヒヨドリは名前にあるように、もともと磯のほう、海岸とかにいたらしいですが、昨今の環境破壊でイソヒヨちゃんの住めるようなコージーな岸壁の岩場なんかが減ってきちゃったんでしょうか、そんな時、ふと陸を振り返ると「あらっ、なんかあのニンゲンどもの集合住宅、ちょっと岩場っぽくてワンチャン住み替えできそうじゃない?」と活路を見出した...のかどうか知りませんが、最近はうちの近所のようなマンションだらけの市街地にも進出めざましいのです。

で、うちのベランダに来て何してるかと言うと、キンマサキの実とか、オリーブの実とかつっついてるみたいですね。葉っぱを食べてるのは見たことがない。聞くところによると磯ではフナムシなんかを食べてたみたいですから、ベランダにいる昆虫も食べてるかもしれません。

ところで、キンマサキの実はよくメジロちゃんが食べにきてたんですが、ヒヨヒヨ族が優勢のベランダ勢力図のせいか、個体数が減っちゃってるのか、最近はメジロちゃんは見ていないです。メジロー、元気でやってるかー。わたしは心配よ。

という感じで、身近な鳥たちがどこで寝てて、何食べてて、どう暮らしてるか、とか、わからないことだらけですね。わからないままに滅びちゃったりしたらとても悲しいのでストップ環境破壊、もっと木とか植えて鳥やら虫やらも住める街にしていきたいもんじゃのう...。

 

ではでは。

 

今年もカレンダーの販売はじめました!

さて、12月ですね。

今年もなんとかカレンダー作りました!ので、noranohaで売っております。

noranoha.thebase.in

というわけでさっそく紹介いたしますー。

今回は1,2,3月。

 

1月は「おめかしポニー」というタイトル。

他のイラストは割とシーン的なものなんですが、これはもうちょっとイメージイラストですね。

干支にちなんでおもちゃのポニーにしてみました。フラッパースタイルのファッションってかわいくて好きです。自分じゃ着ない(着れない)服なんかも、絵なら描き放題さっ。

 

 

2月のタイトルは「ホームパーティ」。

まだ寒い2月、あたたかい部屋の中で気の合うひととくつろいで過ごすのもよいよね、という感じで。あの人やあの人とワインなんか傾けて、わいわいぽかぽか過ごしたいですね。

3月。

以前も白木蓮を描いたのですが、やはりこの時期といえば、白木蓮。とわたしは思ってるようで、再登場です。

夜の散歩、白木蓮が冷たい夕やみの中で輝くようにほころんで春を告げてくれるのを見るのがうれしいのです。 

 

おかげさまでさっそくちらほら買っていただきうれしいです!すぐお送りしますねー。

なお、noranoha、他にもいろいろ取り揃えております。

大塚砂織箸置きの集合写真。ラタンのカゴにいろいろな種類の箸置きを配置した写真

大塚砂織オーナメントの写真。バルサでできた赤を中心とした人やポニーなどのオーナメントが本棚にディスプレイされている。

クリスマスシーズンを盛り上げるオーナメントとか、お正月や鍋のお供に箸置きとか、他のものもありますよー。

おおの麻里ちゃんの2026カレンダーは使い終わった後自分でオーナメントが作れるスグレモノでお得でかわいいんです!↓

ぜひのんびり覗いてってくださいませー。

 

さてさて、次回は引き続きカレンダーの紹介、...の前に、「ベランダどうなったんだ」という感もあるので次回はベランダよもやま話の続きにしようかと。乞うご期待!

ではではー。

仕事の紹介 最近の書籍のお仕事です

最近の書籍などのお仕事紹介を。(書名クレジットは公式表示に合わせて敬称略にしております。)

晶文社さんの新刊

「カウンセラーの選び方」ネヴィル・シミントン著・筒井亮太訳

 

表紙と中の挿絵を描きました。ブックデザインは岩瀬 聡さん、本にぴったりな暖かな装丁です!東畑開人さんが序文を書いているのも話題です。カウンセリングを受けたいと思っても、果たして誰から受ければいいのか、カウンセラーを選ぶのも難しそうに感じます。この本はそうした当事者の側からカウンセラー選びを助け、またカウンセラーの方にも自分たちの役割は何かを見直し患者とのコミュニケーションの一助となりそうな内容の本です。

 

大和書房さんのだいわ文庫。

「50代から始める知的生活術」外山滋比古

装画を描きました。
編集さんによると前回描いた「知的な老い方」もとても売れてるそうです、うれしいな。以前も紹介いたしましたが「知的な老い方」と2冊並べるとさらにいい感じ。デザインは前回に引き続きフクダデザインの福田和雄さんです。わたしも50代なんですが、まだまだ好奇心を持つには遅くないですよね!

 

大和書房さんはもう一冊。

「なぜあなたの話し方は誤解されるのか 意図を正しく伝えるためのメタ認知

三宮真智子

こちらは装画ではなく、挿絵を少し描いています。ブックデザインは山之口正和さん+齋藤友貴さん(OKITAKA)。言葉を誤解されてしまい「そんなつもりで言ったんじゃないのに...」と落ち込んでしまう、そういうことってありますよね。どうしたらそれが防げるのか?という、わたしのようによく人と会った後「あーもうわたしのバカ!恥ずかしい!もーごめんなさい!」と思いがちな人には特に興味しんしんなテーマです。

 

講談社ブルーバックスさんの10月の新刊。

「はじめての圏論 ブンゲン先生の現代数学入門」加藤文元

こちらも挿絵と表4帯を描きました。実は身近な思考から圏論の世界は広がってる、というのが楽しくもがっつり専門的に理解できるご本です。装丁は芦沢泰偉事務所明石すみれさん、本文デザインは浅妻健司さん。さっそくかなり話題になっているようです!ゲラを読んで絵を描いてるんですが、わたしにはしっかり難しい!けどやわらかで愉快な例え話を交えてとても面白く読める!という歯応えのある本でした。

 

三笠書房さんの王様文庫「スピリチュアル・ジャッジ」江原啓之

こちらはベストセラーの新装版に伴い新たにカバーイラストを描きました。装丁は三笠書房装丁室です。人生多くの扉があって、どれが幸運に通じる道なのか?多くの相談に江原さんがやさしく答える形式の本になっています。スピリチュアルなお悩みが多いのかなあと思いきや、お金の貸し借りや仕事についてなど結構実務的なお話も地に足がついたお返事だったりして面白いです。

 

「他人がこわい あがり症・内気・社交恐怖の心理学」

クリストフ・アンドレ、パトリック・レジュロン、アントワーヌ・ペリッソロ 著、高野 優 監修、田中裕子、野田嘉秀 翻訳

紀伊國屋書店さんでは以前から心理学系の翻訳本の挿絵をシリーズ的に描いていましてこれは既刊なのですが、長く読み継がれるロングセラーでして、このたび改訂版が出ました。装丁は熊澤正人さん+林陽子さん+平本祐子さん(パワーハウス)。

今回紹介した本のいくつかに共通したテーマなのですが、ここ最近はますます人間同士のコミュニケーションに困難を感じている人が増えている感じがあります(って、わたしがそう思うだけかもしれませんが、そういう悩みを扱う本が多いのはやはり世相を表してるのかな、と...)。ネットとか、価値観の変化とか、人間関係を難しくする新しいものごとも多いですしね。

わたしなんかも家であまり人と会わないで仕事してるんで、テレビのニュースだったり、SNSでの論争とかネット記事などを見て実際に人と会わないでいると、なんだかツラい世の中だなあとか世間の人と価値観がズレてるのかなあとか自分の中で不安を煮詰めがちなので、もともとの社交不安に拍車がかかっちゃって最近「あーなんか人とうっかり接するの怖い。もうずっと家にいるっす!」って感じ、昔よりあるんですよねー。

そういう自分の中での不安を、この「他人がこわい」では、きちんと分解分析して俯瞰させてくれて、心が少し落ち着きます。

というわけで年月を経ても普遍的なこの名著。なお、装丁の熊澤正人さんは2019年に残念ながら亡くなられてしまったのですが熊澤さんの手掛けられた初版のすてきなデザインを今回も踏襲して、さらに内容は現代にあうようにアップデートもされた改訂版です。また新たに多くの方に読まれて、助けになるとよいなあと思います!

 

今日の一曲。わたしの永遠のテーマソングです。

youtu.be

 

 

仕事の紹介ーまいにちフランス語、ダイヤモンドzai、ハルメク、Adesso

いやーこないだまであずきバー食べてたのにお汁粉が食べたい季節に一気に変わらんでも。という気候になってきましたね。種まきした野菜が無事育つか心配です。

 

それはさておき、今日はここしばらくの仕事から雑誌の仕事の紹介を。(以下各出版社さん著者さんなど敬称略表記で失礼します)

NHKラジオまいにちフランス語で10月から始まった「ニュースで発見!現代フランス」のコーナーの扉と挿絵を描いています。

私ごとですが昔フランス語を習ってたのでフランスの現代事情を知りながら復習がてら読めてとても楽しいコーナーです!(というか、単語は知らない単語が結構出てくるので復習ではなく新しく学んでますし、それにもう結構忘れてるー、とほほ)

 

↓ちょっと前になりましたがダイヤモンドzaiの8月号でもイラストを描いてます。金を買う時の買い方にもいろいろあって、どう買うのがお得?というお話です。



↓こちらはハルメク10月号で、衣替えの季節にお役立ちな「夏の終わりの衣替え 上手な洗い方・しまい方」という特集ページのイラストをたくさん描きました。

基本的にキーカラーを青系ともう1色の2色に絞って、ページごとに色を変えて作った楽しい紙面になっています!わたしも衣替えしないとー。来年出した時「洗濯したはずなのにシミが...おかしいなあ」なんてことにならないようにこの特集を読んできちんと衣類のメンテナンスをしてみたいと思います。

岡三証券冊子Adessoで新連載のコラム「企業型DCの世界」の挿絵も描いています。

企業型DCというのはiDeCoみたいな確定拠出年金なのですが、掛け金を企業が拠出するタイプのもののようです。(恥ずかしながら今回初めて知りました)将来不安が大きい昨今、お金のことは勉強したいと思いつつ...という人も多いかと思いますのでこういうコラムでいろいろ知れるといいですね。(わたしの場合企業とは関係ない風来坊?な上にお金に弱いときてるので自分の将来不安しかないですが...とほほ。いや、とほほとか言ってないで少しは勉強しないと)

 

と、いろんなジャンルの仕事をしてますが、わたしにとってはイラストの仕事って自分の興味ど真ん中から全然知らない世界までいつも「急にボールが飛んでくる」みたいなところがありまして、どのボールもどうやって打ち返そうか頭をひねって、これだってアイデアを返して、いい感じに紙面ができてくるという一連の流れがいつまで経っても楽しいなあと思います。色校データ送ってもらった時と見本誌の封筒開ける時にしみじみうれしいです。あ、あと、仕事相手の方にいい仕事ができたと労っていただけた時もやりがいを感じますね。お題「「やりがい」を感じる瞬間」

 

ではでは、次回は書籍関係の仕事の紹介を。そしたらまたベランダの報告なども。って、その頃にはすっかり外で作業できるいい季節は終っちゃってコタツ園芸家(園芸本を読んで来年の春を妄想)シーズンになっちゃいそうな寒さですけど。おーい、まだ秋でいてね。