saoriotsuka-diary

イラストレーター大塚砂織の由無し事を綴るページです。仕事の紹介もしますが、ベランダ園芸の話やたわいない話が多いかも。

仕事紹介「デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ」 倫理のコンパスって?

 

ダイヤモンド社の「デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ」(今岡 仁 著/松本 真和 著/伊藤 宏比古 著/井出 昌浩 著/島村 聡也 著 みなさま敬称略で失礼します)のカバーイラストを描きました。さわやかで知的な装丁は新井大輔さんです。

 

デジタルが当たり前の世の中ですが、デジタルを使って便利になる、良いこともたくさんあれば、負の面もありますね。情報拡散力から既存の偏見を増長したり、情報漏洩だったり、AIによる剽窃だったり...というか、なんだかもうこっちの貧弱な頭じゃ考えつかなかったような問題が新たに出てきてる感もあり、社会がSFちっくだなあと感じる今日この頃です。

自分に身近な問題でいえば、だれそれ風の絵柄でこういう状況を描いて、とかAIに頼んだら0.5秒ぐらいで「はいどうぞ」とかなっちゃう世界が到来するとは思わなんだ。あーこわ。なんだったら「大塚砂織風の絵柄でこういうの描いて」ってわたしがAIに頼んだらラクできるんじゃないか、とか訳わからんことになりそうですが、それがアリならクライアントさんがわたしを介さず直接その指令をAIに出すとかもアリなのではないか、とか思うと恐ろしいですね。それ、ナシ寄りのナシでお願いしますね。あーこわ。 

 

って、いきなり脱線気味ですが、まあでも考えてみればデジタルを抜きにしても労働者、それに経営者側はもっと、ですが労働に関わる人は労働倫理を考えなきゃいけないというのは昔からあることなんですが、デジタル社会だとすんごい勢いで「え、この問題どう考えるべきなの?」みたいな新しい事例が起こってくるのでひとりの人間の脳みそじゃ判断がなかなか追いつきませんよね。

そこで、なんらかの倫理的な共通指針があると助けになるということで、デンマークデザインセンターが開発したのが「デジタルエシックスコンパス」というものです。この本はそのデジタルエシックスコンパスを紹介しつつ、日本企業が今後世界でもっと活躍していくためにデジタル倫理を鍛えることの重要性を詳しく書いてるのですが、直接デジタル系の仕事でなくとも、例えばわたしなんかもすでにこのブログはネットを通じて配信してますし、すべての人に関わる興味深いというか必要不可欠な視点だと思います。なお、個人的にはデンマークデザインセンターCEOのクリスチャン・ベイソンさんが倫理の範疇について、「これまでのように人間と環境を切り離した議論ができない」として、これからは人間中心主義を超えて地球主義の観点が必要だというお話をしているというのも印象的でした。

社会や環境のためになることをして、自分たちも利益を得られる、そういうのが真のwinwin、いい感じじゃないかというわけです。いいですね、それ。

 

表紙のイラストは、直接その「デジタルエシックスコンパス」を描くのでなく、行動や開発、新しい時代に向かっていく指針としての役割をシンプルにコンパスで表現しつつ、倫理に基づく新時代に対するポジティブで清廉な気分をとらえてみました。

イラストって、内容を単に説明するだけでは却ってわかりにくいものになる、というケースもありまして、本の表紙のように見る人に直感的に興味を持ってもらえることが大事なメディアだと、内容を噛み砕いてエッセンスにして、わかりやすく、かつ、興味が湧くようなイメージに再構築する、というようなところも大事なんですが、そのプロセスの中で「本来その本が伝えていること」を損なわないように気をつけるのもある種、イラストレーターの倫理かもしれないなあ...と思ったり。少なくともわたしは仕事をする上でそういうことを考えるのを習慣にしてます(お題回収)。

ま、そんなこんなで社会と自分を倫理やクリエイティブのレンズで点検しつつ、AIちゃんと差をつけてなんとか仕事を続けていきたいのである。(が、「人間より倫理的かつクリエイティブなAI」の到来も近いのかもしれませんねえ...そうなったら、うーむ、ぎゃふん)

 

今週のお題「習慣にしたいこと・していること」

どっこい居場所はあるもんだ

うっかりしてるうちにもう2月でした。

こちらの絵はnoranohaカレンダーの2月の絵。noranohaカレンダーには月毎にコメントをつけてるのですが、こちらにはこんな文章をつけております。

ーーーー

2月
椅子取りゲームが苦手だった。

わたしのようにどんくさいこどもはすぐにあぶれてしまう。
だいたい、人数分の椅子がないなんていじわるだ。

椅子なんて、余ってるぐらいで丁度いい。
いつでもだれでも休めるところがもっともっとあるといい。

ーーーー

まあ、みんなに自分に居心地のいい居場所、お気に入りの椅子があってほしい、みたいな感じです。てへっ。

 

ところで椅子と言えば、最近わたしはマンションのせまーい玄関で靴紐を結ぶために座れる超小さいお手頃プライスの椅子を買ったのですが、これが非常に使いやすく、なんで今までここに椅子を置くことを考えなかったんだろう、とひとりごちております。いや、狭いから置けないと思ってたんですが置こうと思えば置けるもんですね。

どのぐらい狭いかって、こんなにせまいんですよ!(お見苦しい玄関で失礼します)

(ちなみにこの扉は昔先代の猫ちゃんが常に我強行突破せんとアタックするので困りはてて脱出防止用につけた扉ですが、冷気もシャットアウトしてくれるのでこれも重宝しています。)

話が脱線しましたが、探したら(楽天)こんな便利サイズの椅子があったんです、成せば成るものです。

 

成せば成るといえば、うちのベランダでも最近自分の居場所を開拓してる脱走者が2名。

多肉植物のちっちゃい鉢になぜか根をおろしてしまったカブ(上)とサンチュ(下)でございます。(どこにでも出没するひよこぐさちゃんもおりますけども)

カブ用に植えたプランターとサンチュ用に植えた鉢が別のところにあるんですが、そっちの発芽率がいまいちだった割に、なんでこんなところに飛んでるんだ。タネ植えた時別にそばに置いてなかったと思うんだけどなー。アリが運んだとかでもなさそうだし。謎です。特にカブ、そこでどうやって大きくなろうというの。むむむ...。

というか、そもそもこの多肉たち、他の鉢でぎゅうぎゅうになってたんで株分けして居場所を作ってみたんですが、早くも軒を貸して母屋をとられそうという窮地に陥っているのですが、怠惰なベランダ天地創造主(わたし)は野菜ちゃんたちがもうちょっと育ったら収穫しようかなと今のところ静観しております。ではでは。

クレヨンが足りない

今日はちょっぴり真面目な、というか内省的な話題なんですが。

世界というのは常につらいことが起こっていて、今も昔も悲惨なことは起こり続けているんですが、最近はネットの普及により、世界のあちこちで起こる様々な抜き差しならない問題について情報が絶え間なく入ってくるので、無力感や罪悪感に向き合う機会も増えたような気がします。

知るのだけど、できることは少ない。もちろん、小さくともできることはあると思いますし、例えば今回の地震などでも、ほんの少し寄付してみたり、ガザの空爆とかいますぐやめてほしいので署名とかしてみても、したからといって世界は1オングストロームもびくともしないのであり、途方に暮れつつ、夕飯は何にしようか。とか、自分のくだらない失敗とか、お金の悩みとか、くよくよと個人的な人生の悩みなどで忙殺され日常を生きつつ、いっぽうで世界に充満するその「どうにもならなさ」をどう考えていいのか、ため息なんですね。

自分がすごく若かった、物知らずな頃には、社会の悲惨というのはもう少し距離感を保ってるというか、例えば過去の出来事だというか、悲惨は克服され過去になっていくものだという思い込みがあったんですよね。「過去に世界大戦があった(これからは繰り返さない)」、というような過去形の歴史。

あるいは、良心的な知識人などの著作を読んだりすると「それでも世界の良心の総量は増えていくはずだし、少しずつ良くなっている、というかよくしていけるはず」というような楽観的な希望もちょっとは感じたんですが。

しかし、ある程度人生を生きてくると、わたしが生きてるうちにもう世界ではいっぱいずーっと戦争し続けてますし、未曾有の大災害、悲惨な事件みたいなのも国内でももう何回も起こってますし。CO2も増え続けて、静かに多くの動物たちも世界から絶滅してしまっていますし、世界は平和なんかではなくて悲惨と共存してるままだというのがわかってくる。そういう世界で、でもまあ、自分の日常はそれなりに生きている、というか、生きてかなきゃなんないしね、という「どうにもならなさとの共存」には慣れっこになってるはずなんですが。

 

ですが、が多いですね。

 

でも、今、毎日赤ん坊とか爆弾で吹き飛ばされてる写真とか映像とかばんばん流れてきてて自分もだけど誰も止められないというのを見てると、もうなんか滅入ってしまって、何をやってても気が晴れない、晴れないけども普通に暮らしてる。で、またそれに気が滅入る。わたしたちも属している「近代西洋社会的価値観」は人権が礎だったと思うのに、「人権適用外の人がいる」って堂々とやっちゃってるのをリアルタイムで見ると、どうしても混乱せざるをえない。どうなっちゃってるの。

繰り返しになりますがこれって今に始まったことじゃなくて、ずーっとやってたわけで、パレスチナはずっとだし、イラク戦争とかシリアとかコンゴとかイエメンとかウクライナとか、そういうのが起こり続けてるのにものうのうとぼんやり生きてたのに、急にネットで自分の観測範囲内にその抜き差しならなさがどんっと置かれたからといって狼狽して嘆くなんて、何言っちゃってるんだいこのうっかり者。って自分に情けなさを感じます。

なんだか最近ブログとか、SNSとか全然やる気が起きないのは、やっぱりこの辺、もやもやとしたわだかまりがあるからなんだな、と思ったんで、せめてここで頭を整理するためにこうして書いてみたりしちゃってるわけです。書いてて全然整理されませんね、こりゃ。

 

先日、イスラエルがガザに残った最後の大学に爆弾を落として、盛大に吹っ飛んでしまった映像を見たとき、わたしは昔読んだ本の中のある文章を思い出しました。「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」というロバート・フルガム著1990年のエッセイ集で、その中に「クレイオラ爆弾」というのが出てくるのです。

クレイオラ爆弾というのは何かというと、上空で爆発するとふわりふわりと無数のクレヨンがパラシュートをつけて降りてくる。紛争が起きるたびにこれを投下したらいいのでは、と著者は提唱します。人々は落ちてきたクレイオラ(しかも豪華64色入り)を手にすると、まず戸惑いの表情を浮かべ、そしてすぐに満面の笑みで世界を想像力で塗りつぶす、という寸法です。わたしの弁では力不足なので、ぜひご本人の言葉を読んでほしく、ここから引用します(問題があったら取り下げますのでご一報ください)

 

『何を馬鹿なことを、とお思いだろうか?たしかに、いくらか幼稚な考えかもしれない。常軌を逸した、愚かしくもむなしい発想と言われてしまえばそれまでだ。だが、しかし、今朝の新聞でわたしはソ連政府とアメリカ議会が兵器のためにどれだけの予算を確保したか読んだ。いったい、そんなにしてまで兵器を買ってどうしようというのだろうか?それこそ常軌を逸した、愚かしくもむなしいことと言うべきではないか』

 

まあ、まず「クレイオラ爆弾を落とさなきゃいけない場所はどこか」って言ったら、爆弾を落としてくるような人たちがいる場所ですよね。なんでその人たちは人々の頭の上に本物の爆弾を落としていいと思ってるのか。爆弾のスイッチから手を離してクレイオラを握ってほしい。ハワード・ジンがかつて、現代戦争は犠牲者がほとんど民間人であること、民間人に対して仕掛けられた戦争だということを指摘していましたが、なぜいまだにこんなことになってるんでしょうか。

「ひとの生活に頭の上から爆弾を落とすなんてひどいありえない、絶対やっちゃだめ」というコモンセンスを持った社会、困ってる人を救うことに尽力する社会であってほしいなあ、というか作らなきゃなあ、と思うんですよね。

動物も植物もですよ。みんな一生懸命生きてるのに。今訳あって土壌について調べてるんですが、土だって、爆弾とか化学兵器とかで荒廃汚染させてる場合じゃないですし。

 

起こってることを今すぐどう止めていいのかはわからないけど、これから起こさないためにはやはりクレイオラ爆弾は必要だと思うんですよね。爆弾のスイッチやらお金やら憎しみやら賢しらぶった「爆弾を持つ理由」を握りしめるより、クレヨンを握る人、つまり、クレヨンからはじまる、五感や感受性の営み、笑顔、そういうささやかなことひとつひとつのかけがえのなさを軽視しない人を選ばないと。そういう人を選ぶため、選ぶ側のわたしたちにもクレイオラがもっと必要かもしれないなあと思ったり。

 

今日の文章はなんだか言ってることがとっちらかってるし、そもそもわたしがえらそうになんでそんな壮大で世間知らずな話をしてるの?恥ずかしい。とも思いますが、"取り澄ましってのはね 君が人生でほんとに言いたいことからきみを遠ざけてしまうのさ" って、だれかも歌ってたことですし、とりあえず書いてみました。こういう話はSNSなんかで短くできる話でもないので、ブログにしたためております。長いことSNSしたり見たりしてますが、どうも根本的にSNSが苦手なのかもと最近つくづく思っています。それはまたまあ別の話で、今日はこの辺で、ではまた。

 

追記

「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」は調べたらつい最近、決定版と銘打った文庫版が出たみたいです。ここで紹介した話以外にも「わたしは人魚」とか、「タンポポがいっぱい」とか、とても好きな話がいろいろある一方で、これを書くにあたってうちにある初版を読み返したら、昔と感じ方が違う話も結構ありました。昔の自分はどう思ってて今なぜそう思うのかなどを掘り下げたり、そういうのも含めて本というのは、賛同だけでなく批判的にもじっくり読んだり、また、繰り返して読んだりできるのがいいねと思います。なお、アマゾンのレビューをちょっと覗いたら、「幼稚園をめぐる教育本やあるいはノウハウ本」だと誤解して読んだ方も何人かいらっしゃったのをお見受けして、本のタイトルのつけ方って難しいなあ...とまた別のことも考えちゃいました。

今年もよろしくお願いいたします / 余談・独学ランナーの孤独

って、もうすっかり13日にもなってましたが、新年早々大変なことが世の中でいろいろ起こったりして、なんだか落ち着かないうちに日々は過ぎていくのでありました。

何はともあれ、災いはもう沢山、もっと各方面にわたって安全で平和な世の中になっていくとよいですね。

被災した皆様が1日も早く生活の安定や身の安全を得られますようお祈りしています。

 

さて、話は変わりますが上の絵は展覧会で出したポスターの絵なのですが、年賀状にも流用しました。

オランダ語が書いてありますが、これはわたしの好きなオランダのアーティストSpinvisさんの歌「Bagagedrager」(荷物配達人)の一節でして「君が雲を聴く時には」あるいは「君が雲を聴くなら」という感じの意味かと思います。って、かと思いますって随分適当ね。というのは、この冒頭のAlsが、英語だとIfとWhenとas的な使い方をするみたいなんですが、その辺のニュアンスが初学者にはちょっとわからないんですねー。

ちなみにこういう曲です。Spinvisさんのデビュー曲で、この人はレイトブルーマーで、いろいろバンドなどやった後、郵便局で配達して生計たてながら宅録してたらしいです。この曲をレコード会社に送ってデビューしたのは40歳のころ、今63歳ですがますます意欲的に大活躍中です。

youtu.be

Spinvisさんの歌の歌詞が知りたくてオランダ語を初心者向けの本やDuolingoで学習してるんですが、やっぱりちゃんとした文法書とか辞書とかないとぼんやりとしかわかってきませんね。特に語順!オランダ語の語順の法則、いつまでたってもちぃともわからないよ!

フランス語を習ってた時にはフランス人の先生の教え方がよかったのでわかりやすく、なんとなくですが文法の勘所について「わかった!」モーメントが少しはあったのですが(と、豪語するほどフランス語もわかってないけど...自分の体感としての感想です)、独学はキビシイですし、オランダ語だと辞書とか参考書も少ないんですね、むむむ。

ですが、まあやらないよりマシかなと思いとりあえずDuolingoを続けており、連続記録が304日目なので、このまま連続記録マラソンを絶やさないことを今年の個人的な目標にしようかと思います。勉強は一生モノですから、気長に続けなきゃね。

仕事的な目標としては、これまで以上に、ひとつひとつの仕事に好奇心を持って丁寧に取り組みたいですね!(なにこのとってつけたような「仕事もがんばります」アピール。いや、本当ですよ!なにせ仕事人間ですから)

 

これ↓はSpinvisさんの別の曲、Overvecht。

 

youtu.be

まだまだオランダ語が読めるという段階には程遠いので、結局わからない部分はgoogle翻訳で英語にしてから読むという頼りない状態でして、ぼんやりとしたニュアンスでしかわかりませんが、この人の歌の不安や無常感とあたたかさを同時に湛えた世界をもう少し理解できるようになりたいものです。まあ、歌の歌詞や詩などは多重な意味が込められてたり説明的でないのは当たり前なので「全部わかる」とかはどんな言語でもないとは思うんですが。

でも時々、勉強した単語や文法をつないで文章がわかったりすると嬉しくなりますね。映画「天空の城ラピュタ」でムスカラピュタ文字の石板を見た時に「読める、読めるぞ!」と叫んだ気持ち、語学初学者には共感のセリフですよね。

いや、でも、やっぱり答えあわせしてくれる先生がほしいもんです。

最初の節はこんな感じ。かな?(間違ってたら教えてくれる人募集中!)

ーーー

Donderdagavond 木曜の夕べ
Grote genade 大いなる恩寵
Bang voor van alles なにもかもがこわい
En hoe het zal gaan そして どうなっていくのかも
Kijk naar de kinderen 子供たちをみてごらん
Misschien op een dag zijn ze oud たぶん いつかあの子たちも年をとる
Zijn het vreemden 彼らは見知らぬ人?
En net zo alleen そして同じように孤独?
Wie telt de dagen? 日々を数えるのは誰?
Wie geeft hun jaren? 誰が彼らに年を与えるの?
Hun zomers, de tranen 彼らの夏たち、涙たち
Een fluisterend lied ささやく歌
Zo zal het gaan きっとそうなっていく
Zeker 確かにね
Maar nu nog niet でも 今はまだ

ーーー

このあと2番、3番と、戦争の影や、自分たちのありようなどについてのモノローグが続く感じです。

 

ところでまた話が飛びますが、昔のアナーキストのひとなど(大杉栄とか)、投獄されるたびに語学をマスターしてたというような逸話がありますが、すごいですね。一体どうやって?参考書とかあったの?ひとりで?でもまあ、時間だけはいっぱいあったのかもしんない。でも「時間があればやるのにな」と嘯くわたしのような者はじっさいのところ、時間があったとしてもぼんやりじりじりしてしまうばかりで、結局やらないまま年ばっかりとっちゃうのであるよ。むむむ。

 

ではまたー。

 

今週のお題「一生モノ」

展覧会無事終了&今年のカレンダー通販&久々菜食晩酌日記第18回

と、タイトルから盛り盛りであれですが、しばらく更新してなかったもので。

 

まず、展覧会2つは無事ご好評いただきまして終了いたしました。ご来場の皆さま、あるいは来場できずともあたたかく遠くで見守っていてくださった方々、ありがとうございました!

 

カレンナートさんのほうはあまり記録が取れてなかった。展示っていっつもやってる時いっぱいいっぱいで、こういうこと忘れちゃうんですよね、とほほ。

これは入り口です↓

 

noranoha展の会場はこんな感じでした。

グッズもならべて。おかげさまでかなりご購入いただきまして、初日はぎゅうぎゅうに積んでたんですが最終日はすっかすかになってしまいました。

 

引きこもり自由業が久々に超たくさんの人に会ったので数々の無礼無作法挙動不審などあったかと思いますがお許しくださいませ。というか、わたしは皆さんにお会いできて超楽しかったです。本当、わざわざ足を運んで見に来てくれるなんてありがたいかぎりです。

わたしの仕事って、忙しければ忙しいほど一人で家にこもりきりで、普段は一人であれこれやるのがいっこうに苦にならない人なので問題っちゃ問題ないんですが、でもたまに人に会うと、やっぱり楽しい。いろんな人の話を聞くと、自分だけでは思いつかなかった事に触れることができますし、ネットとかだけ見てると「世の中悪い事しかなく、悪い人しかいない」みたいな被害妄想的な気持ちになったりもするんですが、実際の人間はいい人もいるし、良くなってることもあるし、ささやかな時間を共有することであたたかい気持ちになりますね。みんな元気でいておくれ。

お題「人といるのが好き?1人が好き?」

 

さて、会期は終了しましたが、カレンダーのnoranohaサイトでの販売は始まったばかりです(って、遅いよ...)。いえいえ、なるべく迅速に発送して来年をお迎えするのに間に合うようにいたしますんで、今からでもぜひご注文くださいー!

noranoha.thebase.in

さて。

展覧会の話題ばかりでお読みの皆さんももう飽きた、という向きもいらっしゃるかしらんと思いましたので、最後にちょっと菜食晩酌日記を。

ここんとこ展示でずっと出ずっぱりだったり忙しかったり、そうなると家事料理に割くリソースというのは勢い減るもんでして(ちなみにうちはふだん、家事は全く同等分担なのですが、今回は家庭内で二人とも同じ展示をしてたもんですから、「この際片方に家事を頼る」というオプションも封じられてたので、そうなると家の中どうなるかっていうと無限に散らかり放題、家中がジェンガ状態でした)。

しかし。

我が家はもともと「パスタ、ブルグル、パスタ、クスクス、鍋、パスタ」みたいな、一切頭を使わずできる時短料理無限ローテーションで全然問題ないぐうたら一家ですんで、ひたすらそんな感じで乗り切りました。

まあ、余裕がある時はサイドディッシュなんかもあれこれ考えたりしますが、なきゃないで「山盛りパスタ。ビール。以上!」みたいなので全然OK。「飽きる」という概念を「よきかな、わが屋の定番」とパラダイムシフトすれば人生楽チンです(多分土井先生の一汁一菜とかもそういうやつですよね、よく知らないんですが。...と、気になって調べたら、ここみたらなんかちょっとというか全然志というかコンセプトが違いました、すまん。わたしのは単に「楽チンでうまい」なのよ)。

パスタだけだと野菜不足というか炭水化物多めで太りそうというのはありますが、パスタの中になんでもかんでも野菜をどっさり入れちゃえるんで問題ないかと。タンパク質も豆に厚揚げ豆腐油揚などを必ず投入してるんで特に不安はないかと思います。トマトソースに厚揚げ、合うんですよ。

 

これは昨日のメニュー。展示終わったのに時短メニューのままであった。だって気付けば年末で何かと忙しいですし。いや、何もやってないけど、気持ちが。でも昨日はサイドディッシュつき(別にえばることではない)。

最近、クスクスよりもブルグルのほうが食感が好みだと気づきました。ので、これはブルグル。ヴィーガンシュレッドを山盛りかけて。

サイドディッシュは、わたしが忙しくしてるうちに勝手にベランダでわさわさ食べごろになっていたルッコラのサラダと、長芋のサイコロ焼き。

長芋のサイコロ焼きは醤油とみりんで下味つけて、最後に胡椒を振って。これ、油断するとフライパンにくっつき放題なんでおいしいけどちょっとやっかい。でもおいしいの。これでビールとかワインがあれば気分はパラダイス。

ルッコラが味が濃くてうまし。ベランダのルッコラは秋まきに限る(春はもうなんか虫と風にやられっぱなしなんで)。

 

ではでは。

 

 

 

noranoha展のグッズなど紹介と、在廊日のおしらせ

<固定>
*11月末から12月1週におこなわれる2つの展覧会のお知らせ*
noranoha展 カレンナート展 (クリックで詳細・別窓で開きます)
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さて。

まずは在廊予定日の案内です。

カレンナート展には初日火曜日11日28日の12:00〜15:00と、最終日日曜日12月3日12:00から14:30まで在廊しております。

noranohaのほうは、連日15時ぐらいからは必ず在廊しようと思っています。せっかくの機会なので、来ていただいた方と交流するのを楽しみたいです!ただ、日曜日12月3日

はカレンナートに行ってる都合がありますんで、noranoha会場にはその後、夕方よりの在廊になるかと思います。

12月1日金曜の夕方17時ぐらいからは、パーティってほどじゃないんですが、ちょっと飲み物を用意して歓談したりくつろいだりしながら絵をみていただけるようにしようかと思っています。

みなさま、ぜひぜひこぞりにこぞりてお越しくださいませー。

(なお、いちおうおしらせですが、普段あまり展示など行かれない方につきましては「入場料とかあるの?関係ない人は行っちゃダメ?」などの謎があるかもしれませんが、もちろん入場料はありませんし、みなさま自由に見ていただくための展示ですので、ふらりとお気軽にお立ち寄りくださいませー。)

 

さて、noranoha展では原画展示に加えて、各種の手作りグッズも並べます。

わりとちまちましたものをお手頃価格で揃えておりますー。

肝心のカレンダーは、noranoha限定と、カレンナートさんで出したものもこちらでも少し出します。

左がカレンナートA5サイズ1100円税込、右がnoranohaカレンダーA4サイズ1540円税込です。材料費高騰でnoranohaのほうは去年までよりちょっとだけ値上げになってしまいましたが、風合いのよいマーメイド紙を使ってクオリティは下げずに作っております。

毎日が楽しくなるような絵を心がけました!

 

これは一筆箋。表紙の絵柄4種類が3つずつ、12枚綴りで330円税込み。ぺりっと切り離して使えるタイプです。

ブローチは値下げしました、550円税込み。

マグカップは手描きの一点物で2420円税込み。

A4サイズのちいさなラッピングペーパーはクラフトなどに。色違い5枚で440円。

その他、モビール、オーナメントなどなど各種とりそろえてます。他のメンバーのグッズにも注目ですぞ。特におおの麻里さんのモビールは超かわいいです。おすすめ!

 

準備のほうは大詰めで、家の中がえらいことになってます。無事に当日を迎えられるんだろうか、どきどき。(なお、仕事方面につきましては、段取り決めて進めてるんで大丈夫ですー。)

 

 

日本橋Art Mallでの「カレンナート展」の詳細と、おやつ日記。

<固定>
*11月末から12月1週におこなわれる2つの展覧会のお知らせ*
noranoha展 カレンナート展 (クリックで詳細・別窓で開きます)
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前回ブログ書いてからバタバタしてたらもう一ヶ月経ってる!時間が経つのが早くて怖い!こないだまで半袖だったのにもうコタツでまるまってる!(それは気候がヘンというのもある)。
 
というわけで、またまた展示の紹介を。最近展示の紹介ばかりですみませんねー。
さて、↑上の固定リンクにも詳細がありますが、今回2箇所で展示があるのですが、そのうちのカレンナート展さんのほう、公式サイトで案内がでましたので、そちらを紹介いたしますね。

www.calenart.tokyo

詳細はサイトにもありますがこちらにも基本インフォメーションを。

第5回カレンナート展
8人の作家のカレンダーと原画展

会場: Art Mall(東京都中央区日本橋室町1−13−10)
Art Mall
日程: 2023年11/28(火)〜12/3(日)
時間: 12:00 〜 20:00  ※最終日は17時まで

このサイトでも紹介しているのですが、こちらではわたしはnoranohaとは別図案・別サイズのカレンダーの原画を展示し、カレンダーも販売いたします。

いつものnoranohaのカレンダーはA4サイズですが、こちらは小ぶりなA5サイズ、オフィスの机の前などにも飾っていただけるぐらいのサイズです。

 

こちらの原画はシンプルに手描きの一発描きの線画のみのものを味わっていただき、線画のおもしろさと、それが印刷でどう着色し仕上がっているのか、その違いをお楽しみいただける趣向になっています。ぜひ実際に目で見ていただければうれしいです。

↑これの原画はこんな感じです。

 

また、他の参加者の方々のカレンダーもすてきなものがそろっています!(noranohaグループも今回全員参加していて、全員別バージョンのカレンダーを作っています)。お値段もお手ごろな感じになっていますので、クリスマスプレゼントなどにもいい感じではと思います。

 

と、展示の話ばかりで、最近はすっかり菜食日記もおろそかですので、ちょっぴりそんな話も。こないだ、「どうしてもドーナツが食べたいんだい!」と急に思い立ち、youtubeのレシピを参考に突然作って食べました。

なんでしょうこのいびつな物体は。芋のにっころがしか。ドーナツの穴どこいった。いえ、本来きれいな丸に整形するレシピのものなんですが、下手っぴが急いで作るとこうなる。しかし、見た目は不恰好ですが味は外がカリッと中はほんわりふかふか、大変おいしくて満足満足。

レシピは、こちらのyoutuber「さきっちん」さんのレシピを見て作りました。

youtu.be

菜食だと市販のドーナツとかなかなか気軽に食べられないので、こういう「簡単でおいしくて、しかも家にあるもので難しい材料とか使わない菜食レシピ」は本当に助かります。さきっちんさん、ありがとうありがとう。

さきっちんさんが作ってるドーナツはきれいに丸くてかわいく、わたしのでたらめな石ころみたいなのとは大違いです。

 

ところで、手作りお菓子って、作ると案外大変じゃない(というか大変じゃないレシピでしか作らないわたしです)んですが、「よし、作ろう」という決意のところにものすごくハードルがあるような気がしますね。他にも「よし、作ろう」とか「よし、仕事しよう」とか「よし、ブログ書こう」とか「よし、掃除しよう」とか「よし、経理を...」とか、そういう気合いを出すにはどうしたらいいのかしら。言ってたら疲れてきたので、よし、お茶でも飲むか(それはかろうじてできる)。

 

お題「最近気になっているYoutuber」

 

 
 
 

11月末から12月頭に展示を2つやります!

今日は展示のお知らせです。

●まずは、メインの3人展です。

 

noranoha exhibition 2023
 
会期 2023年11月30日(木)-12月5日(火)
時間 11:00-19:30(最終日のみ17:00まで)
場所 Perry House Gallery
   東京都渋谷区神宮前4-23-6 Tel.03-6434-9936
 

  noranohaは2019年に大塚砂織、おおの麻里、門馬則雄で始めたwebshopです。

名前の由来は野良の葉。風にゆれ雨にぬれ太陽によろこび、寄る辺なく美しいものでありますように。この度初めてのnoranoha展です。

webshopから飛び出して、カレンダーや新作原画、レターセット、モビール、ブローチ、zinなど賑やかに揃えて展示します。

12月1日の夕刻は軽くお飲み物など出しますので、ワイン片手に鑑賞としゃれこんでいただくのも一興です。

 

今回場所をお借りするPerry House Gallery はにぎやかな表参道の通りから少し奥に入った静かな住宅地にあります。1Fにはおしゃれな花屋さんなどが並ぶ避暑地のような雰囲気の小さな商業施設です。天井の高い開放的な空間でゆっくりとnoranohaをお楽しみください。

当日まで三人三様、準備の進み具合をインスタなどでもお知らせしていく予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
 
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久々の大規模展示なので気合をいれて鋭意制作中です。会場のPerry House Galleryさんはとても素敵な空間で、クリスマスシーズンに合わせたあたたかで楽しい展示になると思います。
門馬はわたしの夫なのですが、今まで画風が違いすぎて一緒に展示などしたことがなかったんですが、今回はショップつながりということで、お互いの違った世界も楽しんでいただけたらと思います。そして、おおの麻里さんは、今までもグループ展など一緒にやった長年の友人です。おおのさんのブログでも書いてあるんですが、ほんと、わたしは業界友人ほとんどいない中で、貴重な同僚、同志であり、また、すごく素敵な絵で毎回「やられた!」と思わされる永遠の憧れなんです。
 
というわけで、初めましての方、お久しぶりにお会いできる方、SNSで今までお会いしたことなかったお知り合いの方、冷やかし、散歩のついで、通りがかり、なんとなく、と、あらゆる多くの皆様に来ていただけたらうれしいです。会期中はなるべく在廊して、ご来場の方とお話しできるのも楽しみにしています!
で、これから、しばらくこの件の話題続きになりますがよろしくです。
 
 
 
●もう1箇所の展示は、同時期に開催するカレンナート展さん。
 
第5回 カレンナート展

2023年11/28(火)〜12/3(日)12:00 〜 20:00 ※最終日は17時まで
イラストレーターたちが描くカレンダーの世界の展示とカレンダー即売会。
今回が5回目で、今年もすてきな作家さんたちが集合します。
会場はArt Mallさん。
こちらはまだ特設サイトなどこれからですので、順次またお知らせいたしますね。
こちらでもカレンダーの原画を展示して、カレンダー販売をいたします。こっちのカレンダーはnoranohaで出すものとは別のものをカレンナートさん用に作りました。
こちらも気合入ってます。カレンダーはすでにできたんですが、可愛い感じで自分でもかなり気に入っています。
 
ではでは、また続報を続々と出していきますねー。
 
 

1.5℃は遠くになりにけり?はれ予報11月号の仕事の紹介を兼ねて

こちらはしんきんさんの会報誌「はれ予報」10月号の吉永みち子さんの連載コラム

「虫の目鳥の目魚の目」の紹介です。挿絵を描いています。

今回のお題は今年の夏の暑さと気候変動について。

↑これは未来予想図なんですがすでに現実な気も。

 

今年の夏はもう超絶暑かったですね。わたしは23年来ベランダ園芸していますが、今まで弱ってもかろうじて枯れなかったゼラニウムが全部枯死してしまって、10年とか育ててきたお気に入りのゼラニウムたちだったのでかなり凹んでいます。ゼラニウムにも限界温度ってあったんだなあ...。

 

今後気候変動が進むと、植物はますます育ちにくくなり、害虫と呼ばれるような人間と利害がバッティングしてしまう昆虫、例えば作物を枯らすとか病気を媒介するとか、そういう虫の生息域が広がり、でも動植物昆虫全体の多様性は減って絶滅するものも多々、干ばつに洪水、食料危機、感染症など増加、と、ワーストケースシナリオにはやばいことがてんこ盛りなのです。

が、どうも人類、それを防ぐために「産業革命時から平均気温上昇を1.5℃に抑える」という目標への対策は思ったように進まず、むしろ戦争したり遠ざかっているような...というようなお話です。

挿絵はIPCC第6次報告書の気温上昇シナリオ評価グラフ(参考はこちらのIPCC WGI AR6 Figure SPM.8a)に重ねて、人間の行動はいかに...というあたりを描きました。下の低気温シナリオに向かわなきゃだめだって話だったんですが、近年ではもう1.5℃は遠くになりにけりといった感がありますね、うーん........。

対策にはまず「気候変動が重要な問題だと報道する」というのが大事だと思うんで、このコラムのように、あちこちで話題にしていくのって大事だと思うんですよね。

 

というわけで超絶暑かったと思いきや、急にここ数日は冬みたいに寒い。こういう極端気候に今後どんどんなっていくのかと思うと悲しいですね。いとしい春や秋よ、なくならないでー。

そして、この寒さでさっそく猫ちゃんが、ソファに寝そべってたわたしのところにやってきてソファにかかっている毛布をちょいちょいと指差し「これをひいたお前の膝に座らせなさい」とちゃっかりご所望に来ました。夏の間は人肌暑いと近寄らなかったくせに、現金なやつー。まあかわいいからよいのですが、猫ちゃんや他の動物たちの暮らしにも気候変動、心配だよねえ。

 

今週のお題「急に寒いやん」

9月末発刊のお仕事紹介その3 書籍「武器としての図で考える経営: 本質を見極め未来を構想する抽象化思考のレッスン」装画と挿絵

こちらは東洋経済新報社さんから9月27日発売の

「武器としての図で考える経営: 本質を見極め未来を構想する抽象化思考のレッスン」(平井 孝志さん 著) の書影です。

 

この本は平井さんの前作「武器としての図で考える習慣―「抽象化思考」のレッスン」に引き続き装画と挿絵を担当しています。デザインはtobufune(小口翔平さん+畑中茜さん+村上佑佳さん)です。こちらは線画をお渡しして、配色はtobufuneさんにお任せいたしました。前回の落ち着きがありながら知的な雰囲気もよかったですが、今回の色使いはさらに「攻めてる感じ」がビビッドかつおしゃれに表現されていて、かっこいいです。

 

前作はこちらです。

 

このシリーズは結構硬派というか、かなり論理立てた考え方、ロジカルシンキングをがっつり養う感じでありつつ、要所要所に具体的な事例や、コラムなども挟んで、難しいながらも楽しく読める、帯に書いてある通り「頭と手を動かして考える新感覚の経営書」なのです。

 

わたしも経営者というにはおこがましいですが、一人であれこれやる身ですので参考にしたいです。最近とくに展覧会を控えて、いろいろやるべき事で頭の中が忙しいのに、どれから手をつけていいかわからず焦り気味なので、絵を描く合間にまずは図にして整理してみようっと。