saoriotsuka-diary

イラストレーター大塚砂織の由無し事を綴るページです。仕事の紹介もしますが、ベランダ園芸の話やたわいない話が多いかも。

赤にこんがらかって

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以前にも紹介したんで覚えてる方もいるかと思いますが、ベント・ファン・ルーイさんという方がわたしは好きなんですが、このビデオ↓が特に好きでよく見ます。好きな物は何度も咀嚼するタイプですみません、お付き合いください。

 

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画面の中にところどころ散りばめられた赤の使い方がとてもおしゃれで、見てるとなんだか絵心をインスパイアされるんですよね。見てると次々絵のアイデアが出てきます(↑上の絵はややそのまんまシーンを切り取りましたが、そういう直接的な刺激だけでなく、何か発想のきっかけになることが多いのです)。ビデオ自体も、様々な映像作品やカルチャーのオマージュになってるようで、どれがなにの、と指摘できるほどわたしは事情通ではないんですが、何度見ても楽しめます。

 

赤と言えば、先日小津安二郎の「浮草」を見ていて、この映画(や、他の小津のカラー映画もですが)やはり赤の使い方がいいですね。と、散々言い尽くされたことをわたしなんぞが言うのもなんですが、本当にいいものはいいのだからしゃーない。

 

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まあわたしは映画通とかでもないので、アグファカラーがどーのこーの、みたいな話はしませんが、京マチ子の燃えるような怒りも、ケロっと柔和になるさまも、赤と浴衣の大胆でシンプルな柄が引き立てていますね。小津映画は、家父長制ど真ん中みたいな話が多いですが、そうした現状の有り様を定点観測的に映しながら、最後はさっぱりとその世界が終焉していくんですよね。家族や一座や旧価値観は解散し、新しい世界に移っていくあっけない潔さと少しはかない寂寥を淡々と描いていて好きです。小津映画に添える赤にはそのすがすがしいモダンさがよく表れている気がします(って、書いてるうちになんか通ぶってきてしまいました、はずかし)

 

映画の中の赤と言えば、ゴダールとかフェリーニなどなど昔の映画(漠)には赤がおしゃれに使われててまぶしいものが多かったですね。わたしはおしゃれ通でもないんでお前がおしゃれを語るなって感じなんですが、映画の中のシーンのちょっとした服装などをおしゃれの参考にすることは多いです。ファッション誌を見ても、なんだか自分と縁遠い気がする事が多いというか、「いやいや別にこれわたしには似合わんよね」みたいな冷静な判断力の方が勝つのに、映画の中ですてきな赤いマフラーとか見ると、自分に似合うかとかより「ああ、わたしもあんなのしたいな、こんな風にチェックのズボンに合わせて秋の並木道を歩いたらすてきな気分であろう、うん」みたいな事を思っちゃうんですね。なんでしょ、映画の中は魅力的すぎて幻惑されちゃうんでしょうかね。

 

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絵で赤を使う時は、結構他の色と合わせるのに苦労する、というか、もうなんか、赤と黒だけでいいような気がしてしまう事が多いです。もちろん、青、黄色など同じような明るい色と組み合わせるのもポップでいいし、そういうのも好きなんですが、黒と赤を使っちゃうと、他にはもうなにもいらないかな、と思ってそこで筆を止めたくなりますね。

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ところで、今日のブログのタイトルはボブ・ディランの「ブルーにこんがらかって」のもじりなんですが、この曲、タイトルに「ブルー」と入ってるんですが、曲の冒頭は主人公が赤い髪の女性の思い出を語るところからはじまります。

聞き手は燃えるような赤い髪のイメージから主人公の世界に共に入り、映画の回想ショットのように綴られる断片的な彼の様々な場所と時間のエピソードを体験します。靴を流れる雨筋、暗くフェイドアウトする通り、青空を切り裂いて飛ぶ鳥、横顔を照らすスポットライト、主人公の顔に刻まれたシワの線、解けた靴ひも、など、糸を手繰るようにイメージを喚起する言葉が散りばめられていきます。そして、やがて、彼の青い混沌の中に閉じ込められた流浪の人生を運命付けたのは、ある一冊の詩集により焚き付けられた炎だったというのが明かされていく、という感じで、赤が詩の裏テーマになってるのですね(とわたしは思います、ボブおじさん通でもないんですが)。激しい赤と、透明で寂しい青の孤独のコントラスト、色の構図を目でなく耳で味わえるという趣の歌で、さすがボブおじさん、冴えてるう。一方、冴えてないわたしは今回赤を手掛かりに文章を綴ってましたが、なんていうか、ちょっととりとめのないお話になってしまいましたね。こんがらがっておる。ではでは。